コラム

いじめ動画にみる炎上と私刑

 ここ数週間、SNSでいじめ動画が立て続けに拡散されている。
中学生が小学生の首を絞め、嫌がる相手を海に突き落とす映像もその一つだ。
仲間内で投稿された動画は一気に広まり、加害生徒にはモザイクもかからないまま拡散された。
やがて本人だけでなく家族まで特定され、炎上は「祭り」状態となった…いわゆる私刑的行為

ネット特定班や情報提供者などから個人情報が晒され、それを「正義」とする声も少なくない。

 一方で、学校や関係機関の対応が遅く、納得のいく説明や処分が見えないことへの不満が、こうした行動を後押ししている側面もある。
そういった意味で、すべてを「行き過ぎた正義」として片付けることもできないのが現実。

 ただ、個人情報の流布は違法ということを忘れてはならない。

 公的には拡散した側への注意喚起がなされるが、それがまた「正義を行った」という人々の反発を招き、炎上を加速させるという皮肉な構図も生まれている。

 正義とは何なのか―

 そして、その正義のために、私たちはどこまで踏み込んでいいのか―

ある日を境に拡散が止んだのも、何らかの介入があったからだろう。
感情のままに動く前に、「どう行動するべきか」を考える必要がある時代になった。

(ちゃんるり)

投稿日(2026/01/23)