由無し事を書いてます。 (13.2.12)
もう四半世紀も前になるが、私が社会人1年生だった頃、パソコンはひじょうに高価な時代で、まだ職場でも一人に一台ずつは貸与されていなかった。日報なども毎日手書きしていた。それが苦痛でしかたなかった。入社して間もないある朝、掃除をしていたところへ上司が厳しい顔で近づいて来たので、何を言われるのかと怯えていたら、「松本君、日報はボールペンで書きなさい」と一言告げて立ち去っていったのを今でもはっきり覚えている。そう、社会人1年生の私は、上司に提出する日報をシャーペンで書いていたのである。なんとも非常識な奴である。数多ある恥ずかしい思い出のひとつである。
そんな話はどうでもいいのであるが、それから程なくしてパソコンが普及しはじめ、職場でもやがて一人に一台ずつ貸与されるようになった。それからというもの日常からすっかり書く(手書きする)という動作が減っていった。今では、まれに長い文章を書くと、親指の付け根から手首にかけて痛みが走る。けんしょう炎だ。これもまたどうでもいい話である。
何が言いたいのかというと、パソコンを何十年も利用し、その恩恵にあずかれたのはいいことであるが、その反面、書くという機会が減ったせいか、簡単な漢字も書けなくなってしまったということである。お客様の話しを聞いたり、研修を受講しながらメモをとっていて、簡単な漢字が思い出せず手が止まってしまうことがしょっちゅうある。それにもともと上手ではないが、学生時代よりも字が下手になったような気がする。ご年配の方に字が上手な方が多いのは、長く書いてこられたからだろう。
そこで、これではいけないと思い、最近はできるだけ書くことを心がけている。新聞を読みながらわからない用語が出てきたら、とりあえずメモって後で調べたり、記事を自分なりに要約して書いてみたりしている。すぐに手首が痛くなるのだが、頑張って続けてみようと思う。考えながら書くということは、認知症予防にもなるそうだ。
やがて書くことに慣れたら、ちょっと高級な万年筆など買ってみるのもいいかもしれない。子や孫の代まで使えるやつだ。というか、私の中ではもう買うことになっている。子どもや孫がそれで書いている姿が見える。妻は間違いなく反対するだろう。だが児孫のために美田を買わず、そういうものを残してやりたいと思う。ま、本当は自分が欲しいだけなのだが・・・。
(松本 秀紀)